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木村真三氏の講演会のお知らせ

“内部被ばく”に迫る ~チェルノブイリからの報告~
現地取材をしている木村真三氏が那須塩原市で講演会を行います(*^▽^*)

「放射能汚染の現状について」 木村真三先生講演
6月29日金曜日 午後1時から2時半まで
いきいきふれあいセンター多目的ホールにて


那須塩原市議会主催のようです^^
那須塩原市議会議員の山本はるひさんのブログより

木村真三氏を少し紹介!

福島第一原発事故後、岡野眞治博士にともに福島各地を周って放射線量を測定する。

岡野博士は、
日本における放射線研究の第一人者であり、
科学技術庁長官賞を2度にわたって受賞したひとですよ(*^▽^*)
水素爆弾実験で第5福竜丸が被爆したビキニ事件から放射線と関わりがある人です。

この現地調査の様子が5月15日、
NHK ETV特集 「ネットワークでつくる放射能汚染地図」
として放映され、福島県の詳細な放射能汚染測定値が
はじめて一般に公開されました。


そして朝日新聞で連載された記事
〈プロメテウスの罠〉測定・まず僕が行くより
これで知った方が多いのではないでしょうか(*´∀`*)
すごいですね!





■研究者の辞表:1
 3月11日午後。地震の瞬間を、木村真三(44)は
川崎市にある労働安全衛生総合研究所で迎えた。
 研究所員の木村は、放射線衛生学の専門家。
医師や看護師の被曝(ひばく)調査や、
チェルノブイリ事故の現地調査に取り組んでいた。
 大きな揺れの後、木村はテレビに駆け寄って
「原発どうなった!」と叫んだ。大丈夫、とテレビは報じていた。
千葉県市川市に住む家族とは翌日の午前2時まで連絡が取れなかった。
 翌12日は土曜日だった。家族と会うことができ、
午後は3歳の長男と買い物に出かけた。家に戻ると、妻がいった。
「原発が爆発した」。瞬間、木村は反応していた。
スーツに着替え、長男に「お父さん、しばらく帰ってこないから」と告げた。
 研究所に戻って現地入りの準備をした。
住民を放射線から守るにはまず測定しなくてはならない。
それには速さが求められる。
時間がたてばたつほど測定不能となる放射性物質が増える。
急ぐ必要があった。
 準備を急ぎながら、木村は最も信頼する4人の研究者にメールを出した。
京大の今中哲二、小出裕章、長崎大の高辻俊宏、広島大の遠藤暁。
 「檄文(げきぶん)を出したんです」と木村は振り返る。
 「いま調査をやらなくていつやるんだ。
僕がまずサンプリングに行く。皆でそれを分析してくれ、と書きました」
 えりすぐりの人たち、と木村はいう。
「全員、よし分かったといってくれました。
一番返事が早かったのは小出さんです。
私は現地に行けないけれども最大限の協力をします、と。
あとの人たちからも次々と返事がきました」
 木村はその檄文を七沢潔(54)ら旧知のNHKディレクター3人にも回した。
測定したデータを公表する手段が要る、と考えていた。
 じきに携帯電話が鳴った。七沢だった。
七沢は七沢で知り合いの研究者と連絡を取りまくっていた。七沢はいった。
「特別番組を考えている。協力してくれないか」
 13日に市川で七沢と会った。打ち合わせを終えて七沢と別れたとき、
携帯に研究所からの一斉メールが入った。
研究所は厚生労働省所管の独立行政法人。文面にはこうあった。
 〈放射線等の測定などできることもいくつかあるでしょうが、
本省並びに研究所の指示に従ってください。
くれぐれも勝手な行動はしないようお願いします〉
 研究所に放射線の専門家は自分しかいない。
これは自分に向けて出されたメールだ。木村はそう思った。
自分の現地入りをとめるつもりだ、と理解した。(依光隆明)




そんな木村氏の講演会那須塩原市でも行われますので^^
足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

100名までとなっているようなので電話予約をぜひぜひ!

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お知らせ | 【2012-06-21(Thu) 22:49:58】 | Trackback:(0) | Comments(-) | [編集]

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